• 2026.4/19(日)

    <今週のみことば> 

    「恐れるな。わたしがあなたを贖ったからだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたは、わたしのもの。」 イザヤ書43章1節

    説教題 「贖い、愛、臨在」          聖書 イザヤ43:1~7

    イザヤ43章には神が私たちに与えて下さる「救い」が何であるかが明らかにされていて、それは「贖い」、「愛」、「臨在」(神が共におられること)です。

    1,神の贖い(1) 「贖う」とは「相当の代価を支払って、買い取る」ことです。

    イザヤ43:1のみことばには、神が人間の罪を解決するために「人間の罪を贖う」という神様のメッセージがあります。人間の一番深い根本問題である罪、この問題が解決されねば人間は何をしてもどうにもならず、しかも、人間の罪の贖いを罪ある人間がすることは出来ません。このために御父は最愛の独り子の命を代価としてささげ、十字架上に人の罪を贖うことをなさいました!何ということでしょう。そして、「わたしはあなたの名を呼ぶ、あなたはわたしのものだ」と言われます。もはや、贖われたものは贖って下さったお方のものです。

    2,神の愛 (4) キリストの十字架を通して、神は私たちの罪を贖って下さったのですが、その動機は何かと言えば、それは神の私たちに対する愛、真実な愛です。「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(4) 英語聖書では「アイ・ ラブ・ ユー」です。これは愛の告白に他なりません。しかも、人間の愛ではなく神の愛、絶対的無条件の愛、永遠の愛で告白されているのです。(1ヨハネ4:9-10、ヨハネ3:16) 

    3,共にいる (2,5) 愛は、愛する者と共にあること、いつも愛する者と一緒であることを熱望します。とりわけ、私たちが困難なとき、試練を受ける時、神は共にいて私たちを支え守ってくだいます。ダニエルとその友人たちは奴隷としてバビロンに連れて来られた若者たちでした。王ネブカデネザルの偶像礼拝をきっぱりと拒み、燃え盛る炉の中に投げ込まれます。

    しかし、彼らは炉の中で焼け死ぬことなく、炉の中にもう一人の人の姿が見えました。王が彼らを炉の中から出すと、その髪の毛も衣服も火のにおいさえしなかったのです。彼らの仕える生ける神が炉の中に共にいて、彼らを守られたのです。「火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。」(2)、(ダニエル3章) 私たちを愛し、御子の命を代価として贖って下さったお方は、どんなときも永遠までも共にいて、私たちを守り決して見捨てず見放さないと言われます。(へブル13:5)

    <お知らせ>

     小野牧師の送別会がありました。17年間の先生のご奉仕やお交わりに触れて感謝を分かち合いました。先生はこれからも生涯現役をモットーに神様の恵みを大いに語り継ぎたいと言われました。これからも、他教会でのご奉仕のために高松にも来られる予定です。先生の霊肉が守られ、これからの御働きがいよいよ祝されますようお祈りしましょう。

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