• 長崎原爆の記念日でした。2026.8/9(日)

    <今週のみことば> 「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄えに満ちた喜びに躍っています。」ペテロの手紙第一 1章8節

    説教題 : 「信じること」       聖     書: ヨハネ 20:24~31

     今日は、「信じる」ということが難しく、信じるという世界がどんどん狭められている時代です。トマスが復活の主を見て、「わたしの主、私の神」と告白したとき、主は「あなたは、私を見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」(29)と言われました。   

    1,見ないで信じる 「見る」は目の働きで体の五感の一つです。見ることを通して得た情報を脳が認識して信じます。しかし、「信じる」ことは五感の働きでなく、人格的な行為と言えます。「見ないで、信じる」ことは、私たちの日常生活の経験においてごく自然、普通のことです。私たちは、信じることによって認識します。ある人を紹介される時、その情報を受け、信じて、その人を理解します。すべての認識は、もたらされた情報を信じた結果です。信じることは、行動の原則です。「何日何時の飛行機で高松空港に到着します。出迎えよろしく」とメールが来れば、それを信じて出かけます。私たちは、伝えられた情報を信じ行動します。信じることは、体験の条件です。その店のフレンチ料理のおいしさは、言われた通り信じて出かけ、食べてみて初めて本当だった、おいしかったと確認できます。

    2,信じる対象 信じるのは「ことば」です。人を信じるのは、その人の言葉を信じることです。

    私たちが信じる対象は復活され、生きておられる主イエス・キリスト、そのおことばです。また、復活のキリストを見た弟子たちの「ことば」です。トマスは、自分の五感により実証確認をしなければ決して信じないと言いました。しかし、見えない世界の現実というものは、よく吟味しつつ、最後は、信じて受けとる以外に知ることが出来ません。目に見えなくても実在される神、その神の愛、恵み、力を体験するには、信じる以外ありません。頭で理解し納得するには学びます。しかし、目に見えない世界を体験するには、「信じる」しか道がありません。(へブル11:1)

    3,私たちの信仰の拠り所 ①「神の約束の確かさ」 聖書には、預言のことば(神の約束)がどのように実現したかが証しされています。②「約束に対する神様の誠実さ」 神のことばは、必ず実現します。それはご自分のことばに対する神の誠実さです。③「約束してくださる神への信頼」 信仰とは、神の約束の確かさと、それを必ず果たしてくださる神への誠実さへの信頼です

    4,信じることがもたらす結果 (1ぺテロ1:8,9) 「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄に満ちた喜びに踊っています。」 迫害や苦難の中で信じて喜び、生き生きと来るべき再臨の主を待ち望んでいる当時の信仰者たちの姿が表されています。聖書の信仰の世界は、大きく、広く、豊かで自由な世界です。神のみ言葉を信じて生きることは「ことばに尽くせない、栄に満ちた喜び踊る」世界なのです。

    *熊本地震の御見舞を申し上げます。

    「令和8年熊本地震」が起こり、被災された方々のためにお祈りを感謝します。「NPO九州キリスト災害支援センター」(理事長:横田法路師)では、現地調査の結果、限定的な働きとして「緊急期支援」(必要な物資を届けること)を決定し、募金を行います。

    *長崎原爆の記念日を覚え、主にある平和を祈ります。

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