< みどりご >
「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた。ひとりの男の子がわれわれに与えられた。」 イザヤ書9章6節
処女がみごもって産む「男の子」(7.14)こそ、このみどりごであり、大きな光の源なるお方、救い主イエス・キリストです。このお方は、みどりごとして私たちのために生まれてくださいました。
ある日、ひとりの男の赤ちゃんが若いお母さんの背に負われている姿を見かけました。ぐっすりと眠っていて、その頭は背にもたせかけ、両腕と両脚とは、お母さんの歩みのリズムに合わせて、ブラブラ、ブラブラ、ブラブラと揺れていました。全くゆだねきった姿でした。みどりごー自分では何一つできない存在。全面的に母に依存している存在。全能なる神のひとり子なるお方が、何一つ自分ではおできにならない存在となり、マリヤにヨセフに、いえ神のみこころと御手に全面的におゆだねになったのです。今日、私も、みどりごのごとく全くゆだねて生かされる者に。
小野淳子著 「神と共に歩む日々」より