本日は神学校デーでした。 2022.10/9(日)
≪今週のみ言葉≫
「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」使徒の働き7章56節
説教題: 『天を見上げて』 聖書:使徒の働き7章54~60節
「人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」 (ヨハネの福音書15章13節)
「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。」
(ヨハネの手紙第一4章18節)
本日のテーマは「ステパノの殉教」です。エルサレム教会で毎日のやもめ達への配給についてのトラブルが起こった時(6・1~6)、7人の執事達が選ばれました。「御霊と知恵に満ちた、評判の良い人たち」(6・3)で、ステパノはその筆頭として選ばれたのでした。ステパノと議論した人たちは彼に対抗できず、“ねたみのゆえに最高法院(サンヘドリン)に引っ張っていき訴えました。「人々が、みなステパノに目を注ぐと、彼の顔は御使いの顔のように見えた」(6・15)のでした。「ステパノの殉教」の出来事の中に、アガペーの愛が満ち満ちているのを覚えます。主イエス・キリストが天からこの地上に注ぎ込んで下さった神の愛です。
Ⅰ.とりなすというライフスタイル 7章に於いてステパノはアブラハムから始まってキリストまで、2000年間の神のドラマを語り、最後には訴えた者たちへの裁きとなり、訴えた者たちはいよいよ怒りに燃やされます。天を見上げるステパノ、神の栄光と神の右にたたれるイエスを見つめて「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます」(56)と言うステパノに向かって殺到しました。石を投げつける彼らのため、ステパノは祈りました。ひざまづいて大声で叫んだのでした。「主よ、この罪を彼らに負わせないで下さい。」(66)こう言って彼は眠りにつきました。この祈りは十字架上で発せられた救い主イエス・キリストの第一言と同じでした。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」(ルカ23・34)。両隣の強盗達は二人共イエスを罵っていましたが、片方の犯罪人はやめました。[自分をののしり苦しめ、死に追いやる相手を心から赦し、神にとりなすなどということは人間のできることではなく、神わざであると悟ったのです。ですからこれは「神に対する神の祈り」とも言われます。](『牧羊者』P.29) 実は、主イエスは時空を超えて今、現在も私たちのためにとりなし、祈っていて下さいます。私たちにも「とりなし祈る」つとめが委ねられています。
Ⅱ.赦すというライフスタイル [「主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」ステパノが死に追いやられながらもイエス様と同じとりなしの祈りができたのは、日常的に自分から赦す生き方をしていたからではないでしょうか。キリストの十字架は、ご自分は何も悪くないのに、神に謝れない私たちに代わって謝っている姿です。相手が謝ってこなくても、赦してしまう営みへと私たちはチャレンジされています。](『牧羊者』P.30) 神に赦された者としての深い感謝の自覚の内に、誰に対してもどんな場合にも『天を見上げて』赦すライフスタイルに生かされましょう。
<お知らせ>
▷日本伝道隊と日本イエス・キリスト教団の共同経営による「関西聖書神学校」のためにいのり、献げる<神学校デー>でした。礼拝の中でも一斉に祈りましたが、この日だけでなく、各自の密室や家庭礼拝、また 教会の祈祷会でも祈りましょう!
▷明日10/10㈪㈷は小松島栄光教会にて第58回四国聖会が、午後に2回行われます。徳島県内在住の方々のみ、対面出席、他県の方々にはYouTube、ZOOM配信となります。
聖会Ⅰ 13:00~14:30 田口学師
聖会Ⅱ 15:00~16:30 小野淳子師
ゆるされる形でご参加下さり、お祈り下さい。
▷次週10/16㈰は礼拝に続いて「ギデオン・ラリー」です。尊いお働きのため共に祈り、お献げ致します。