レント(受難節)の時を過ごしています。2025.3/16(日)
≪今週のみ言葉≫
「この貧しいやもめは、だれよりも多く投げ入れました。」ルカの福音書21章3節
説教題:『献げる心』 聖書:ルカの福音書21章1~4節
「キャベツ」を「緑色のダイヤ」と称してもいいというような新聞記事を目にしました
。「キャベツ」のみにとどまらず何かと物価高騰の昨今です。そのような中で本日は「
神への献金」そして『献げる心』のメッセージです。
Ⅰ.金持ちたちの献げる心 「イエスは目を上げて、金持ちたちが献金箱に献金を投げ入
れているのをみておられた。」(1)主イエスは人々が献金をするのを「目を上げて
、~見ておられた」というわけです。金持ちたちの献げっぷりは当時の献金箱に投げ入
れる有様に如実にあらわれます。というのも箱にラッパ型のものが取り付けられていて
、そこに金銀銅貨を投げ入れる形でしたからお金が多ければ多いほど献金箱に入れる音
は大きくなりました。金持ちたちはそのようにしてたくさんのお金を献げることで多く
の人々の注目を集めていました。この金持ちたちの献金は神様への感謝の心をおささげ
するという本来の姿ではなくたくさん献げる自分を誇っていたのでした。彼らは多くの
物を持っていましたから、人が目を見張るような献げ方をしたとしてもなお多く残し持
っていたということです。実はイエスは、「目を上げて~見ておられた」のは献金とし
て投げ入れられるものではなく、人が見るようにではなく彼らの『献げる心』を見てお
られたのでした。
Ⅱ.貧しいやもめの献げる心 「そして、ある貧しいやもめが、そこにレプタ銅貨を二枚
投げ入れるのを見て、」(2)とあります。聖書の注解によると「1レプタは1デナリの
128分の1に相当する最小単位の銅貨。1デナリは当時のⅠ日分の労賃に相当」とありま
すからいかに少額であるか驚くばかりです。レプタ二枚は今でいうと250円くらいとの
ことです。しかも【レプタ2つは神殿においてこれ以下のささげものを献げてはならな
いという「最低制限献金額」という規定すれすれのものでした。2レプタ以下の献金は
献げものとは見なされず、むしろ神を侮辱する行為とされたのです。】(『牧羊者
』p.65)その献金を献げたこのやもめを見られたイエスは本日のみことばを語られまし
た。主イエスは、このやもめの『献げる心』がちゃ~んと見えておられたのでした。「
この人は乏しい中から、持っていた生きる手立てのすべてを投げ入れたのですから
。」(4)
イエスに最高に喜ばれ評価された、このやもめの『献げる心』は。
①神への感謝の心。神へのあふれる感謝の表現となりました。
②神への信頼の心。自分のいのちを支える生活費全部を献げたことは、自分の一切の必
要は神が必ず満たして下さるとの信仰、信頼の心でした。(マタイ6・33、ピリピ
4・19)。
③神への献身そのものでした。彼女は卑しい自分自身をささげたのでした。お互いの『
献げる心』はいかがでしょうか?<マラキ3章10節を味わい、実践できますように
。> 「十分の一を神に献げ、十分の一を貯金するように」(B.F.バックストン)
<お知らせ>
▷いよいよ、祈り待ち望んできました、「イースターアートワークショップ」が今週3/20(木・祝)に行われます。福岡より村上信理さんをお迎えします。ワクワクプログラムに、多くの方々が期待して集まれますように、お祈り下さい!
▷3/22(土)10:00~11:00、いのちのことば社「ゴスペルボックス」来訪です!どなたも大歓迎です♪
