9月最終礼拝でした。 2025.9/28(日)
≪今週のみことば≫
「わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。」
ヨハネの福音書4章14節
説教題: 『喜びに満ちて』 聖 書:ヨハネの福音書4章4~26節
「しかし、サマリアを通って行かなければならなかった。」(4)「サマリア」とは、ユダヤ人たちにとっては通りたくないところでした。その地がアッシリアに滅ぼされ、サマリア以外の地域から移住させられた外国人との雑婚の地であり、ユダヤ人としての純粋性を失ったサマリア人たちとは反目関係にありました。しかし、イエスはそのサマリアを通ってエルサレムから北部ガリラヤヘ向かわれたのでした。
Ⅰ.イエスと渇いた心 スカルというサマリアの町にあったヤコブの井戸のかたわらに、旅の疲れから、ただ座っておられたイエスの前に一人のサマリアの女が水を汲みに来ました。「時はおよそ第六の時」(6)とは、「正午ごろ」のことでした。普通は、朝涼しい内に婦人たちは水を汲むのでしたが、このサマリアの女はよりにもよって暑い日中に言わば人目を避けてやって来たということでした。「わたしに水を飲ませてください。」とのイエスの声かけに、女は驚き「ユダヤ人のあなたがなぜサマリアの女の私に水をお求めになるのですか」と言いました。女とのやりとりの末、イエスは言われました。「この水を飲む人はみな、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」(13,14)そう聞いて彼女は、「主よ。私が渇くことがないように、ここに汲みに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」(15)と思わず女は求めました。すると、意外なイエスの言葉が返ってきました。「行って、あなたの夫をここに呼んできなさい。」(16)彼女の正直な返事。彼女の実情をよくご存知だったイエスのお言葉、さらには崇高な礼拝論議が続きました。イエスはこの女の「渇いた心」を重々ご存知の上であえて会話をするためにヤコブの井戸のかたわらに座られたのでした!
Ⅱ.イエスと喜びに満ちた心 「神は霊ですから、神を礼拝する人は、御霊と真理によって礼拝しなければなりません。」(24)女は「キリストと呼ばれるメシアが来られることを知っています。」(25)と話すと、「イエスは言われた。『あなたと話しているこのわたしがそれです。』」(26)との返事!女は、水を汲みに来たにもかかわらず、自分の水がめを置いたまま町へ行き、人々に言いました。「来て、見てください。わたしがしたことを、すべて私に話した人がいます。もしかすると、この方がキリストなのでしょうか。」(29)その女の声に、人々はイエスのもとにやって来ました。そしてサマリアにリバイバルが起こったのでした。一人の女の「渇いた心が」、イエスと出会って、「喜びに満ちた心」に変えられたからでした!
<お知らせ>
▶今週中には「今月のメッセージ」「今月のお祈り」「ヘッダー(ぶどう)」が更新されます。
▶早くも10月を迎えます。❛Time flies!❜(光陰矢の如し)とは至言です。10/5㈰は「教会創立76周年記念日」です。76年の恵みに感謝し新たに宣教する教会として立ち上がりたく祈ります。