年度末の礼拝そして、受難週聖餐式礼拝でした。2026年3月29日(日)

<今週のみことば> 「まことに 私のいのちの日の限り いつくしみと恵みとが私を追ってくるでしょう。 私はいつまでも 主の家に住まいます。」 詩篇23篇6節

 説教題: 『主の家』    聖 書:詩篇23篇

1972年は、私が関西聖書神学校を3/10に卒業した年でした。その頃、「詩篇の新改訳版」が発刊され、150篇の詩篇を毎日5篇ずつ読んで、1月、2月、3月で3回完読しました。その感想はダビデの語彙力のすごさ、またいかに神に近い存在であるか!そして146篇~150篇は「ハレルヤ詩篇」と言われますが、その部分での「神への限りない賛美と礼拝による魂の高揚」でした。本日の6節を学ぶにあたっても、それと同様の魂の高揚感を覚えます。 

 Ⅰ.天的案内 (Celestial Escort) 神様から客として私たちは招かれていると先週学びました。人の家に客となる場合には、時間に制限があり、やがて自宅に帰ります。しかし、‘神の宴’となると大いに話が違ってきます。神様は私たちを客として招かれるのですが、「私たちと住むために招かれる」ということです。さらには招かれる神様の「いつくしみと恵みが 私を追ってくる」という表現がされています。「天的案内・天的ガイド」です。それは「いつくしみ、善意、恵み、愛、憐れみ」と訳されます。ちょうど二匹の牧羊犬のように、羊を守り、羊を追い立てて安全なおりへと導いていくように。代表的な神の属性二つにしぼれば、「善意と憐れみ」となるでしょう。神の私たちへの思いは、ただ「善意」のみ、そして「深い憐れみ」のみです。これらが「私のいのちの日の限り」「私を追ってくるでしょう」との『確信』の歌です。「まことに」(Surely)その通りであり、どこまでも継続して追いかけてくるというのです。私たちも、こうした確信の中に生き続けるクリスチャンでありたいものです。

Ⅱ.天的住居(Celestial Habitation)

「私はいつまでも 主の家に住まいます。」 I will dwell in the house of the LORD forever. これは信仰による決意のほどを表しています。「主の家」とは、言わずと知れた「神のみ国、天国」を指します。クリスチャンの永遠の住居は、永遠を主と共に過ごす天のみ国です。 この地上は「仮の住居」なのです。その住居については、ヨハネの黙示録に詳しく記されています。と同時に、やがての神のみ国と共に、「地上 神の国」をも 思いを馳せたく思います。天に迎えられる前に、すでにこの地上においても天国を味わう生活です。主の聖臨在のある所はすべて「天的住居」です。その代表が、「地上神の国」と言われる「キリストの教会」です。地上で最高の建物です。そしてそこにつながるクリスチャンは「キリストと共によみがえさられ、天上に共に座についた者」としての生活を生きる者です。日々、主の臨在のうちに、「天的住居」を目指す者として歩ませて頂きましょう。

<お知らせ>

▷本日は大人子ども合同での聖餐式礼拝でした。小野牧師にとっての最終の説教ならびに司式となりました。

▷後任の高橋頼男・好江先生ご夫妻は、3月20日(金)に遠路函館の地から無事着任されました。次週「イースター合同礼拝」より、礼拝説教は高橋頼男牧師のご用となります。お祈り下さい。     

▷次週4月5日(日)は、「イースター合同礼拝」が10時15分からあり、午後はお弁当持参にて、桜の栗林公園にて高橋師ご夫妻の「歓迎会」です。