猛暑と台風の中にも主の守りを。 2023.8/13(日)
≪今週のみ言葉≫
「まことに【主】はこの場所におられる。それなのに、私はそれを知らなかった。」創世記28章16節
説教題:『天からのはしご』 聖書:創世記28章10~22節
「兄が弟に仕える」(創世記25・23)と、神は双生児を宿したイサクの妻リベカに語られました。神の選びはどこまでも不思議としか言いようがありません。しかも、「こんなヤコブをなぜ?」と誰しもが思うような存在でしたから!
Ⅰ.孤独な旅 この夏は、懐かしい郷里に帰省する多くの方々があると思われます。このヤコブの旅は、帰省とは真逆の方向への旅でした。しかも淋しいひとり旅となりました。それには原因があったのです。二度も兄エサウや父イサクに対して無礼を働いてしまったがゆえでした。一度目は25・29~34にある通り、空腹の兄エサウを誘って「長子の権利」を自分のものとしたこと。二度目は27章にある通り、母と共謀して「長子の祝福」を奪い取ってしまったことによります。激怒した兄エサウは、ヤコブへの殺意までもほのめかしましたので、母リベカはヤコブを兄ラバンのいるパダンアラムへと逃れさせることにしました。(東京から下関くらいの距離)懐かしい家を出て、ただひとり母を思う思い、それ以上に父や兄エサウへの恐れがますます一人旅を切ない暗いものとしたことでした。「彼はある場所にたどり着き、そこで一夜を明かすことにした。ちょうど日が沈んだからである。」(11)冷たい、硬い石を枕に、ヤコブは横になりました。「すると彼は夢を見た。」(12)実は、そこで、神がヤコブを待ち伏せしていたのでした!孤独を恐れることはありません。
Ⅱ.神の臨在 「見よ、一つのはしごが地に立てられていた。その上の端は天に届き、見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしていた。そして見よ、主がその上に立って、こう言われた。」(12,13)。ここに、三度も「見よ」との言葉があります。まずは「一つのはしご」です。地に立てられてはいましたが、その上の端は天に届くものでした。『天からのはしご』だったのです。その『天からのはしご』を神の使いたちが上り下りしていました。更には「主がその上に立って」註解では、「彼のそばに」とあります。13~15節の驚くばかりの約束のお言葉を語られたのでした!これまでヤコブは父母兄共々にこの神を信じて祈ってきました。しかしここで初めて個人的な神体験、神の臨在体験が与えられたのでした!ヤコブは眠りから覚めて、本日の聖句を叫びました!「この場所はなんと恐れ多いところだろう。ここは神の家(ベテル)にほかならない。ここは天の門だ。」(17)神はしばしば、私たちを一人にされ現れて下さいます!『天からのはしご』それはまたキリストの十字架の予表でもあります。天に通じる唯一つのはしごです。こうした神の個人的体験が、私たちを間違いなく信仰の高嶺へ導き、神の奇しい計画の内に歩ませてくださるのです。【証し】救世軍 吉田慎也中尉は、徳島刑務所の三畳間の独居房にて『天のはしご』(十字架)と触れ合い、みごとに献身生涯へと導かれました。「救世軍任官任命式2023」YouTube視聴可。
<お知らせ>
▶ 猛暑にも負けず、7月、8月と諸教区でのキャンプや聖会が行われています。その中で、キリストを愛して、その生涯をフルタイムでおささげする方々が起こされますようにと祈っています。
▶次週8/20㈰13:00~14:00第3回目の「歌声カフェ」を開催します。賛美と共に懐かしいメロディを歌うひと時が、よい伝道の時となりますよう、お祈りください。