能登震災被災地の方々のため祈り支援しています。2024.1/21(日)
≪今週のみ言葉≫
「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の
十字架を負って、わたしに従って来なさい。」マタイの福音書16章24節
説教題:『キリストに従う』 聖書:マタイ16章21~26節
『牧羊者』カリキュラムは1/14㈰より<キリストの十字架への道>となっており、本日より合流いたします。レント(受難節)は2/14㈬~3/30㈯で、3/24㈰がパームサンデー、3/31㈰が今年の復活祭(イースター)です。本日のテキストの前に、「ペテロの偉大な信仰告白」があります。「あなたは生ける神の子キリストです。」(マタイ16・16)この告白を耳にされたイエス様は、いよいよその時が近づいたことを察知されて、ご自身の<十字架への道>と、弟子たちの進むべき道を指し示されるのです。
Ⅰ.キリストが歩まれた祝福の道
「そのときからイエスは、ご自分がエルサレムに行って、長老たち、祭司長たち、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、三日目によみがえられなければならないことを、弟子たちに示し始められた。」(21)とある通りです。ここが第1回目の受難告知です。2回目は17・22,23に、3回目は20・18,19に記されています。受難の道、十字架の道はまことに険しく、これ以上の苦しみは考えられないものです。しかし、それは身代りの受難であり、十字架でした。私を初めとする全人類の罪と呪いのすべてがキリストの上に置かれたのでした。まさに「木にかけられた者はみな、のろわれている」(ガラテヤ3・13)の通りです。ところが、そのキリストが歩んで下さった受難と十字架の、呪われた歩みが、180度の大逆転となり、キリストは父なる神の大能の御力により、よみがえらされ、昇天され、父なる神の右の座につかれたという、これ以上無い『祝福』となったのでした!一体誰がそんな逆転を想像できたでしょうか!?十字架の麓にいた人たちは、キリストの十字架は「敗北」としか考えられなかったことでしょう。
Ⅱ.キリストに従う祝福の道
「主よ、とんでもないことです。そんなことがあなたに起こるはずがありません。」(22)とは、ペテロだけでなく、誰しもの言いたかったことでしょう。そのペテロに、つい何分か前に「あなたは幸いです。」(17)と言われたそのペテロに、「下がれ、サタン。」(22)とイエス様は言われます。そして<キリストに従うさいわいな姿>とは、①自分を捨てること ②自分の十字架を負うこと ③そうした上で、キリストに従うことこそ、真の祝福の道であることを、弟子たちに語られました。一言で言えば、自分を喜ばせないで、神を喜ばせる道を選び取り、それがキリストに従う祝福の道なのだということです。私は今、喜んで自分の十字架を負い、キリストの御足の跡を従いつつあるかどうか、思い巡らしてみましょう。 “No pain, no palm; No thorns, no throne; No gall, no glory; No cross, no crown.” by William Penn
<お知らせ>
▷本日、「支援献金箱」の集計をした上で、「災害時備蓄金」から加えた上で、教団事務局経由にて、送金させて頂きます。
▷続いて、礼拝時、祈祷会にて、また、それぞれの家庭で、個人で、お祈りをさせて頂きます。
▷明日、1/22(月)13:30より、「愛と希望の祭典・四国」の実行委員会が、対面は、松山福音センターにて、また同時にZOOMにて開催されます。2026.5/4(月・祝)5(火・祝)にウィル・グラハム師を松山にお迎えしての大会のための準備の祝福をお祈り下さい。