収穫感謝礼拝でした。 2025年11月23日(日)

<今週のみことば>  「食物と喜びであなたがたの心を満たすなど、恵みを施しておられたのです。」 使徒の働き14章17節

 説教題: 『収穫は神の恵み』  聖 書: 使徒の働き14章8~18節

 「それでも、ご自分を証ししないでおられたのではありません。あなたがたに天からの雨と実りの季節を与え、食物と喜びであなたがたの心を満たすなど、恵みを施しておられたのです。」これが17節全体のみことばです。ここは、どのような場面であったかというと、リステラという町で、足の不自由な人が座っているのを見て、パウロの話すことに耳を傾けていたこの人をパウロがじっと見つめて、大声で「自分の足で、まっすぐに立ちなさい。」と言ったとたん、その人が飛び上がり、歩き出したのでした。それを見た群衆は、バルナバとパウロをギリシャ神話の神々と祭り上げ、いけにえをささげようとしたその時二人の語った言葉の一節です。いわばまことの神の無言の証しとして紹介するところです。無言と言いながらも聞く耳、見る目を持たせて頂いた者にとっては、何と強烈な力強い証しではないでしょうか!

Ⅰ.天からの雨と実りの季節 

「自然界」は不思議一色です。人の言葉や指図によって、どうこうなるものではありません。雨はまさに天からのものです。雨がなければ農作物は枯渇してしまいます。また雨が多すぎれば腐り果ててしまいます。実りをもたらす樹々の育成にとっても天からの雨は大いに物を言うわけです。日本は「四季」の調和があり、四季折々の実りの豊かな国です。ところが最近は「二季」とさえ言われるようになってきています。それでも春には春の果物、夏には暑い日に嬉しい水分の多い果物(スイカは代表的)、秋にもまことに豊かな果物が豊富に実り、冬でさえ実りがある。それぞれ世界中の国々の気候状況に応じての特産物もあり、といった具合です。<果実の種類>を思い巡らしてみても、とてもとても数えきれるものではないでしょうし、あるいは地上にある一生の間、お目にかかったことの一度もない果実に天の御国でお目にかかり味わうといった具合でしょう!天からの雨と実りの季節を下さる神の恵みをほめたたえましょう!

Ⅱ.食物と喜びで心を満たして下さる神 

「食べる喜び」「食べられる喜び」毎日欠かすことなく食事ができるということは当たり前のことではありません。食べることのできる健康が保持されていること、また経済的にも満たされていること、さらには食物の供給に支障がないこと、等々、様々な神の恵みが注がれていて初めて当たり前のように「食べ続けていける」ということです。そしてそれはまた「喜び」であり、「心が満たされる」ことでもあります。世界にはそうした基本的な「心の喜び」さえ得られていない多くの方々もあります。勿論、人にとっての真の喜びとは「イエス・キリストとその神を知る喜び」ではあります。パウロはここでキリストの十字架と復活を語ったに違いないと、注釈家は記します。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい。」(テサロニケ人への第一の手紙 5章16,17,18節)

<お知らせ>

▷心いっぱい、収穫の主に感謝の礼拝をおささげしました~!

▷次週は早くもⅠアドベント聖餐式礼拝です。一年があっという間に過ぎ去っています。大切なアドベント(待降節)クリスマス(降誕節)を心して過ごし、その本当の意味をご存知ない方々にいかにかしてお伝えできますように~‼すべての教会が、すべてのクリスチャン一人一人が、そのために用いられますようにと、心よりお祈りしていきますょう!