• 2月、「逃げる月」に入りました。2026年2月1日(日)

    <今週のみことば> 「家は香油の香りでいっぱいになった。」ヨハネの福音書12章3節

     説教題: 『ナルドの香油』    聖 書:ヨハネの福音書12章1~8節

     『牧羊者』2月、3月のカリキュラムは「キリストの十字架への道」です。本日のテキストは、その間の過越の祭の6日前の出来事です。主が十字架にかかられる日が刻々と近づいていました。主が愛されたマルタ、マリア、ラザロのいるベタニヤにて夕食の時が持たれました。

     Ⅰ.惜しみなくささげる 「マルタは給仕し、ラザロはイエスとともに食卓に着いていた人たちの中にいた。」(2)のでした。イエスにより、死よりよみがえらされたラザロの存在は、人々の注目の的であったことでしょう。「一方マリアは、純粋で非常に高価なナルドの香油を1リトラ取って、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。」(3)のでした。そのナルドの香油を換算すれば、一人の人が300日(ほぼ1年)働いて得るほどの金額でした。マリアは、イエスの愛と、またラザロの復活への感謝に溢れて一気に惜しみなくイエスに注ぎ、しもべの思いをもって自分の髪でその足をぬぐいました!一同の驚き様は想像に余るほどでしたでしょう。感動した人々もあればイスカリオテのユダのように、マリアへの非難を浴びせる人もありました。しかし、イエスはこのマリアの行為、惜しみなくささげるこの行為を喜ばれ、この行為は福音が語られるいずこででも、世界中で記念され、語られると言われました。(マタイ26・13、マルコ14・9)。本日の中心聖句「香油の香り」に関しての霊想です。<香油の香りは、これからイエスが行く所、どこへでもついて行く。・・・その香りは十字架へ、そして葬られる墓へと運ばれ、「埋葬の用意」(マルコ14・8)となる。>(『新実用聖書注解』)

     Ⅱ.時にかなってささげる 「わたしはいつも一緒にいるわけではありません。」(8)【貧しい人たちへの施しはいつでもできるが、死を目前にされた主に対し、マリアが愛と献身を表す機会は今この時しかなかった。彼女は図らずも神のご計画の中で、主の埋葬の備えをした。「彼女は、自分にとってできることをしたのです。埋葬に備えて、わたしのからだに、前もって香油を塗ってくれました。」(マルコ14・8)】(『牧羊者』p.34)

    《私 小野淳子の直接献身の証詞》 1967年9月8日㈮18:30、Ⅰヨハネ1・9により、徹底した罪の悔い改めの中で、十字架上のキリストを仰ぎ、明確に身代りの十字架と罪の赦しを確信。Ⅱコリント5・17のみことば通り「新生」の恵みにあずかり、同年9月17日㈰、教会創立記念礼拝にて水のバプテスマにあずかりました。それから1ヵ月もたたない10月9~11日、「教会青年修養会」なるものが行われ、教会で高校生、看護学生、社会人青年が20名ばかり集いました。2日目の夜、10/10、就寝前に、姉妹方は礼拝堂での宿泊でしたので、私もその中でしたが「折角礼拝堂で休むのだからお祈りして寝よう」と講壇前の低いところにひざまづいて祈ろうとした時、左手前に神様が立たれて言われました。「わたしの息子のイエス・キリストは、死にまで、十字架の死にまで従ってくれたが、あなたもそうできますか。あなたもそうできますか。」イエス様は私のためにいのちを、すべてを与えて下さった。「私もイエス様のようにあなた(父なる神)を愛してお従いしていきたいです。」と、涙ながらにお答えしたのが、直接献身の原点でした。20才でした。

     ♪みんなで共に祈ろう 日本のリバイバルを 主の心は 火で燃えている みんなで燃やされよう (折り返し)惜しみなく与えた主に 惜しみなくささげよう♪(『友よ歌おう』より 長島幸雄・作詩)

    <お知らせ>

    ▷ 早くも2月の月に入りました。寒さの中も守られて毎週の教会学校、聖日礼拝が祝福されますように、またその原動力でもある水曜日の祈祷会の祝福をお祈り下さい。

    ▷2/15㈰礼拝後に「新会堂建設委員会①」が行われようとしています。この大きな主のためのプロジェクトの祝福を続いてお祈り下さい!

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