「このことがニネべの王の耳に入ると、彼は王座から立って、王服を脱ぎ、荒布をまとい、灰の中にすわった。」ヨナ3・6

9月1日は、関東大震災の記念日である。1923年(大正12年)のこの日、午前11時58分に、突如として関東地方一円は、未曾有の大惨事、大混乱に陥り、人々は名状することのできない災いに遭遇したのであった。この一瞬の出来事から、人々の運命は大きく変化し、悲哀や悔恨や苦悩が続き、多くの人々の人生を暗くした。あれから半世紀以上を経過し、震災記念日は、年々守られている。しかし、本当の意味でそれを守っているのは、一部の人々にすぎない。多くは忘却、というよりも、それを知らない世代である。作家の石川達三氏は次のように言った。「悪いことが押しかけて来た。繁栄が私たちの首を絞める。放火しながら消化作業する。みんな辛抱強く待つのか。目に見えない巨大な公害が・・・。」
現代は、さながらソドム、ゴモラの滅亡前夜の感じさえする悪と堕落の世界である。ニネべの人たちのように麻を着、灰をかぶり、悔改めと祈りをもって、主の御名を呼び、とりなしをすべきではなかろうか。
聖書日課 祈りの風
