秋晴れです。 2026.10/11㈰

<今週のみ言葉> 「イエス・キリストの使徒ペテロから、・・・散って 寄留している 選ばれた人たち」   ペテロの手紙第一 1章1節

説教題 「離散の寄留者、選ばれた人々」

聖 書 ペテロの手紙第一1:1~2、 へブル人への手紙11:8~16 

 当時の手紙の書き出しは、差出人、宛先、挨拶と続き、「パウロの手紙」と同様、「ペテロの手紙」もその例にならっています。しかし、この書き出しは意味のない挨拶文ではありません。ペテロは、ことばを丁寧に選びました。

1,差出人(1) ペテロのもとの名は「ヨハネの子シモン」で、兄弟アンデレに導かれ主に会ったとき、主が彼を「あなたは<ケファ>と呼ばれます」と言われ、ペテロと呼ばれるようになりました。(ヨハネ1:40~42) <ケファ>はアラム語で「石」という意味で,ギリシャ語の<ペテロ>も「石」を意味します。ペテロは、主によって召されて弟子となりましたが、決して完璧な人ではありませんでした。生来の彼は粗野で性急、情熱的で自分の思いで突き進むタイプでした。弱さを持ち欠点がある「普通の人」でした。そのような彼が、いろいろな弱さや多くの失敗を通し成長させられ、教会の指導者、「使徒」と呼ばれる主の器になり、この手紙を書くようになったのです。

2、受け取り人(1~2) 手紙の受け取り人に関して3つのことが言われています。

①「選ばれた者」 主イエスを信じ従うようになった私たちはみな「選ばれた人たち」です。私たちが選んだのではなく、主イエスによって選ばれました。私たちがふさわしかったからではなく、ただ恵みによります。(ヨハネ15:16) 

②「寄留者」 寄留者は、自分の国ではなく他の国に滞在する人たちです。聖書の中の信仰者はみな寄留者でした。アブラハムや旧約の信仰者たちは、自分たちが「地上では旅人であり、寄留者である」と自覚をもって人生を歩んでいました。(へブル11:13) 私たちもまた「地上では旅人であり寄留者」なのです。 

③「散って住む者」<デアスポラ>とは、「離散している者たち」です。紀元前6世紀、バビロンによってユダヤは滅ぼされ、国を失って中近東に散り散りになりました。イエス様の弟子たちも、迫害によって全地に散らされ、福音を宣べ伝えたのです。「散って寄留している」とは、クリスチャンとはどういう者たちなのかを明らかにしています。それは、<帰るべき故郷がある>という事実です。今は、散って寄留している、しかし、やがて帰ることになる天の故郷があるということです。地上の故郷と違い、まだ見ぬ故郷、天の故郷です。私たちは、その故郷を仰ぎ見ながら寄留者として生きるのです。また、散って寄留している私たちは、<この地上で労し忍耐しながら果たすべき使命がある>ということです。私たちは神を知らない人々の間に散って暮らしています。そのような状況で、忍耐し、神の愛と真実を証ししていく使命が与えられているのです。主に選ばれた者、離散の寄留者として主と共に進んでいきましょう。