暑中お見舞い申し上げます。2026.7/26(日)

<今週のみ言葉> 「わたしは愛する者をみな、叱ったり懲らしめたりする。だから熱心になって悔い改めなさい。」(ヨハネの黙示録3章19節)

     説教題 : 「小羊の怒りと愛」

  聖  書: ヨハネの福音書2章13~25節

「イエスは、人のうちに何があるかを知っておられた。」(25節)

イエス様は、カナでの結婚式の後、過ぎ越しの祭りが近づいたので、弟子たちと共にエルサレムに上られたのです。そして神殿に入られた時、イエス様はかつてなかった驚くべき暴力的な行動をとられたのです。神殿の中庭にいた両替人の台を蹴倒し、家畜を神殿から力づくで追い出したのです。普段、静かなイエス様からは信じられない暴挙でした。なぜこんな行動をとられたのでしょうか。

1,人間の罪に対する怒り 

確かに、神殿の両替商の店や、礼拝に家畜の商人がいることは、礼拝をする人にとっては便利です。しかし、神を礼拝する神殿に牛や羊を入れると、所かまわず糞や尿を垂れ流すため、聖なる神殿が臭くトイレのように汚れ、また、静かであるべき神殿が家畜の鳴き声や客を引く声などで市場のようにやかましい有様です。その様を、何とも思わない祭司たちの神に対する不敬虔と心の腐敗に対して我慢ができず、遂に実力行使に出られたのです。

2,人間の本心を知っておられた。(24,25) 

主は人間の本性がどんなに腐っているかを見て、怒りを爆発されたのです。「聖職者の罪」、「民衆の罪」、「弟子たちの罪」、「私たちの心の汚れ」黙示録6:17には「神と小羊の御怒りの、大いなる日が来たからだ。誰がそれに耐えられよう。」とあります。神聖な神殿が豚小屋のようになっていても平気でいられるように、人々の心は罪汚れに満ちていることを見、知っていたが、たまらなくなり手が出てしまわれたのです。

3,小羊の愛(18~22) 

このイエス様の激しい行動に対し、祭司たちは「いかなる権威のもとにかかることをするのか?」と迫ってきた。それに対しイエス様の答えは一見トンチンカンと思われる答えをしたのです。「神殿の破壊と再建」についてでした。それは、ご自分の(死とよみがえり)を譬えで語られたのです。 この事から、イエス様はいかなる時にも、ご自分の使命を覚え、罪に満ちた私たちの救いを心に描いておられることが分かります。主から見て、豚小屋以上の罪汚れその者のために、いかにして命を投げ打ち救おうと悩まれた主の愛を感じないわけにはゆきません。この愛をもって十字架へと向かわれたのです。

「わたしは愛する者をみな、叱ったり懲らしめたりする。だから熱心になって悔い改めなさい。」(黙示録3:19)とあるように、悔い改めの徹底を図るべきです。